伝統と新しさが共存する街

昭和~現在

昭和という時代は、関東大震災からの復興、太平洋戦争、高度経済成長と時代が変化する中、問屋街が形成されていきました。藏前國技館が建てられ、大相撲はもちろんプロレスやボクシング興行も盛んに開催されるなど、蔵前といえば国技館と言われる時代でした。

都電とトロリーバス

都電は明治36年(1903)に誕生し、昭和30年代に最盛期を迎えます。
問屋街付近の路線は3つ。春日通りを通っていた16系統(大塚駅前~錦糸町駅前)、江戸通りを通っていた22系統(南千住~新橋)、江戸通りから新堀通りをつなぐ31系統(都庁前~三ノ輪橋)です。
また、昭和27年(1952)~昭和43年(1968)まで、トロリーバスが都内を走っていたことがあります。
全部で4路線しかありませんでしたが、その内の3路線が台東区内を走っていました。

国技館

蔵前国技館(正式名称:藏前國技館)は、昭和29年(1954)の完成。
ここで相撲が行われたのはそれより4年前の昭和25年(1950)で、まだ工事中だったため仮設のまま開催されました。
昭和59年(1984)に閉館となり、蔵前へ移る前に国技館があった両国へと移りました。
跡地は東京都下水道局の処理場となっています。

玩具問屋

蔵前から浅草橋の江戸通り沿いには、昭和30年頃より、玩具・文具・店舗装飾などの問屋が軒を並べて発展してきました。
東京にある問屋街の1つとして、毎日多くの人が訪れています。
最近は小売りをしてくれるお店のも増えてきています。
また、浅草橋付近はアクセサリーや宝飾関連のお店が増え、多くの人で賑わっています。

平成の時代
平成に入り、問屋街の様相にも変化が出てきています。若手クリエーターが自らの作品を販売する店舗が増えており、古いものと新しいものが共存し発展しています。特に皮革製品や雑貨のお店が多くなっています。

クリエーター

台東区は、
「ものづくりを支える事業者を育成する施設を開設し、区内創業を目指す職人・クリエーター等の支援を通じて、地場産業の活性化を図ります。」
としているので、多くのクリエーターが集まってきました。
元々原材料(皮革など)を扱うお店も多く、材料の調達もしやすいのでしょう。
「モノマチ」や「月イチ蔵前」といった地域イベントも開かれています。

参考

台東区ホームページ
台東区史
古老がつづる台東区の明治・大正・昭和

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