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山縣商店 ブリキ玩具 FAXダウンロード

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社長のコラム

花火のはじまり

花火の原料である火薬の3元素は硝石+硫黄+木炭でこれが黒色火薬です。
その内の硝石は中国では西暦100年頃には狼煙として使われていたようです。
硝石は南蛮貿易によって日本に輸入され戦国時代やはり狼煙として使われました。

では、火薬の発明はドイツで1260年頃と言われています。
又、世界で初めての花火はイタリヤのフィレンツェで行われた記録があります。
その後シルクロードを通り中国に渡って来たようです。
日本では1613年駿府城で徳川家康が英国の特使があげた花火を見たのが 最初と言われています。但しこの花火は今で言う噴火山のような花火らしいです
種子島に1543年鉄砲がポルトガルより伝来し各藩が鉄砲火薬を作る時代へと移ります。
しかし硝石はこのころ日本ではほとんど作られていませんでした。
硝石作りを教わったのは豊臣秀吉が挑戦出兵のおり朝鮮人からと言われています。
鉄砲術は各藩で盛んになり火術の各流派が生まれ、愛知県岡崎の花火屋さんは、この流れ をくむと言われています。
1613年家康が花火を見てからあっという間に全国に広がり特に江戸では急速に広まり、3 0年後江戸に花火禁止令が出るほどになりました。

鍵屋と玉屋の話

1659年奈良県篠原村から称兵衛が江戸へでてきて鍵屋を日本橋で開業します。
それまでの花火は手筒か火車やねずみ花火だった様です。
鍵屋が手筒の中に球を入れたもの(今の連発)を作り、今で言うタマゴッチの様に大人気になったそうです。
あまりの人気に又花火禁止令が発令された様です。
鍵屋の口伝書によると、1808年7代目の時1番番頭が独立し両国吉川町に玉屋を開いたといわれ、鍵屋にあるお稲荷さんが鍵と玉を持っているところからこの名前が付いたようです。
しかし1843年失火で所払いにあい別の場所へ移ったといわれてます。
《新設 紙縒りの線香花火は玉屋が作った〉 店主
2種類ある線香花火そのルーツについてお話します。
一つは、葦や藁の細い管の中に火薬をいれ火鉢に立てて遊んだもの。
この格好が仏壇の前に供えるお線香が燃える様に似ている所からと言われる。
多分東京にはこの細い葦や藁が少なかったので、葦の取れる小さい川の岸が多くある関西で人気となり藁すぼの花火なのでスボ手牡丹と言われる様になったようです。
又、関西のおだいじんが芸者と船遊びの時火鉢に立てキセルの火でつけ遊んだようです。
江戸画コレクションで有名な吉徳さん秘蔵の錦絵の中に1820年頃書かれた町中の花火売りの絵がある。
その口実に線香花火は紙観世と言う文言があり(紙観世とは紙のこよりの事です)
この時初めて紙で縒った線香花火が現れるわけで、江戸-の花火屋玉屋が作り売りだしたと言ってもおかしくないと思われる。
叉、関東には和紙が豊富で、特にこの花火に欠かせない『松煙』(現の墨の元)が沢山あり、アイデアマンの玉屋のこと黒色火薬にこの松煙をまぜ和紙にくるみ作ったのではないかと思われる。
和紙に長く手で縒るから長手、大きく綺麗な花から牡丹ここから長手牡丹といわれる。
これが江戸文化と上方文化の違いと思われます。
寺田寅彦博士の短編集 備忘録に線香花火一本の燃え方についていろいろと書かれてる。
線香花火を誕生から終焉までの人生に例えてます。
叉その燃える様を 牡丹 松葉 柳 ちり菊に例えました。
明治時代から現在まで又国産線香花火等については次回に。

さらに読みたい方はこちらへどうぞ。

大江戸牡丹

はかなさ、繊細さ、芯の強さ、潔さ、そして華麗さ...。それらは、線香花火に独特の「和火」が人々にもたらす魅力です。
その和火をしっかりと最後まで散らすことができるのが、線香花火の本来の姿であり、そうした姿をわたしたちにきちんと見せてくれるのは、純国産のものだけなのです。

小さく消えかかった線香花火


ところが、国内の線香花火工場は近年次々と閉鎖に追い込まれ、ついに最後には、国内にはただひとつ『九州八女の長手牡丹』が残るだけとなってしまったのです。当店ではこの大切な火花を残すため、最大の努力をしてきました。しかし、その線香花火を生産していた北九州八女の工場も、1999年に廃業となり、純国産線香花火の小さな命が消え かかってしまったのです。


膨大な数の試行錯誤


ちゃきちゃきな江戸っ子の東京蔵前の花火問屋【山縣商店】。花火を日本最高の文化・芸術としてこよなく愛している当店は、そんな事態を黙ってみているワケには行きませんでした。そして、多くの人々の力を合わせ、莫大な数の試行錯誤を繰り返し、またたくさんの偶然にもめぐり逢い、約8年の歳月をかけて、いま、純国産の線香花火の命を奇跡的に復活させることに成功しました。こうして出来上がったのが『大江戸牡丹』です。


線香花火復活の火


たしかに、この試みはまだ小さな動きで、わずかの量を少しずつ縒り始めることができはじめたばかりです。しかし、この『大江戸牡丹』の火は確実に「ついた」のです。純国産線香花火にしかみることのできない、「牡丹・松葉・ちり菊」というあの繊細な火花。「貴重な技術を後世に残したい、この火を消したくない!」ただただその想いの力だけで作られた線香花火『大江戸牡丹』の光を、是非みなさんとともに、守りつづけて行きたいと思っています。